私が浪人生になった理由
こんばんは。Ann (アン)です。(前回自己紹介してなかった)
この名前は本名とは何も関係なくてオールナイトニッポンが好きっていうだけの名前。
今日は私が浪人生になった理由を掘り下げてアウトプットします。
私は超進学校の中高一貫校に通っていた。同級生は本当に優秀な人ばかりで小学校までは勉強で負けたことがなかった私は井の中の蛙だった。(ただスポーツだけは割と負けなかった。みんな運動全然できなかった)
中学受験も流れでなんとなくして別に対して意味もなく(誰にも負けなくないという気持ちと自信だけはあった)中学に入ったのと同じように大学もみんなと同じように東大を目指すのは自然な流れだった。東大を目指さない方が特別な意思がある子、というイメージだった。(私だけかも)
高2の3学期の終わり、コロナの影響で学校が休校になった。もうおおかたの行事が終わっていたしみんななんの感情も持っていなかったと思う。ロッカーの荷物一回で持って帰らなきゃっていう恐怖はあった。
ここから地獄の病みステイホームの始まり〜。受験勉強しかすることないし、大好きな友達とも会えないし、とにかく病んだ。生きる意味とかばかり考えていた。で、机に座るだけで涙が出るようになって、まぁ色々あって11月には机に座らなくても涙が出るようになっていた。勇気を振り絞って心療内科に行って診断が出て学校と受験をお休みすることになった。
と、淡々と書いてみたけれどこんなに簡単じゃなかったよ。長かった。ほんとに。ちょっとでも辛くなったら心療内科とは言わなくても誰かに相談するべきでした。友達に相談できないなら学校付きのカウンセラーさんでもいい、自分しか読まない日記でもいい。どこかに吐き出さないと壊れちゃうことを知らなかった。それを知った今は信頼している大親友と母親と予備校の友人の1人にはなんでも相談するようになった。本当にこれだけでだいぶ楽になる。
きっとあんまり自分の本心を曝け出せない人もいると思うけれど曝け出した方が絶対に良い。たぶん。
確か12月末には浪人を決めていた。これも誰にも相談できなかった。親友から電話が来た。親友は泣いていた。私のために泣いてくれる人なんているはずないと思ってたからこれにはだいぶ救われた。同級生が共通テストを受けている日、東大本試を受けている日、マジで辛かった。
でもそれが終わったら吹っ切れた。ありがたいことに、本当にありがたいことに親が予備校に行かせてくれることになったので3月から受験勉強を始めた。初めはブランクがありすぎて簡単だったはずの問題も難しく感じるようになっていて先が思いやられたけれど、どうにかここまでやって来れている。
人生どうにかなるんだよな、とはまだあんまり思えないけれど今がまぁまぁ幸せだから良いよね。たぶん。
【今日の受験勉強】
日本史、地理、現代文、化学基礎いろいろやった
現代文は論述は2月でいいからマークやっとけって言われた。